富士登山十戒 再登場

2ケ月更新しないとブログにコマーシャルが入るということを知って、慌てて筆を取った。いや取ったのは筆でなく、動かない指に苛立ちながらキーボードに向かっている。話題は「思い入れ」「こだわり」のある富士山だ。リメークする時間も根気もないから、6年前の添乗員としてひと夏10回上った記録でお許し願う。実はパーキンソン病初期ながら、7合目までなら登れる自信があったので、この7月23~24日に長女夫婦とその子(つまり私の孫)2人に同行するつもりだった。ところが家族の猛烈な反対にあって断念させられた。

それ以来「落ち込んだ憂鬱な」毎日だったが、6年前の添乗員仲間「まさ」さんから今夏も仕事を続けることと、八合五勺ご来迎館(吉田口最高点の山小屋)の先でバリケードがあり、誘導員が頂上に向かわせず、下山道に誘導しているとの、山開きの日の状況や、やがて頂上(奥宮)まで細い登山道が7/7開通したなどメールで寄こしてくれた。例え行けなくても、この情報にどれだけ血湧き肉躍ったことか! 以来自宅でイメージ富士登山の毎日だ。

補完してくれるのが、以下のデジブック「富士登山10戒(回)」・・・ 一緒にイメージ登山しませんか!?



とデジブックを貼り付けたのにアップ出来ない!
2ヶ月の間にブログのデザイン、仕様、使い方もすっかり変わってしまった!
もう一度一から出直しだ。 お許しを! 少し時間をください!!!

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平成から令和へ

平成を振り返るTV番組を見ると、「平和な時代で良かった」、「天皇皇后両陛下への賛辞」など平均して高い評価だったが、一般の祝賀モードに押されてか、「自然災害の多かった時代」はかき消された印象だった。 災害被害者にとっては痛恨の時代であり、今でも辛苦の底におられる方も多かろうと思う。

時代の着実な流れ、変化だろうか、「天皇陛下 万歳!」の雄たけびはなかったし、提灯行列の企画もなかったから、日本も軍人国家から変わったと、今、仲の悪い朝鮮半島、中国の方も見て欲しい。

さて自分にとっては平成ってどんな時代だったのか、関連した事項を加えて、恥ずかしながら自分史30年を年賀状にした。
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40歳代前半から定年後までをカバーしているので、サラリーマンとしては油の乗り切った時代だったし、公私ともに充実した平成時代だった。 いつ天国?からお呼びがかかっても満足して黄泉の国に旅立てる。 またその思いで一日一日一生懸命生きてきたつもりだ。

しかし幸福、幸運がいつまでも続く訳ではない。
平成の終わりに「診察券の数が増えました(笑い)」とサッと流したけれど、実は昨夏より体調に変化があらわれ、猛暑のせい、加齢のせいと思ったけれど、尋常でないので11月に脳神経内科を受診したら、難病の一つ「パーキンソン病初期の疑い濃厚」の診断。 脳の画像撮影2種類、心臓の画像撮影1回を経て、やっとこの2月に重症度5まである内のステージ1~2の若葉マークをもらって投薬中。
患者交流会「友の会」に入会して、5月~6月に2回の医療講演会を聴講する。

症状は、「震え」こそまだ表れないが、動作緩慢、歩行障害、自律神経の乱れ、腰痛、行動力・思考力低下、疲労がたまる・・・・ 等々。

さて これからどうしよう?
アウトドアが好きだっただけに、山歩き、タウンウオーキング、畑仕事、自転車に赤信号だ。
主治医から「進行を止めるが、治らない」と言われるとお先真っ暗。 あー無情!

そこをなんとか、神様、仏さま・・・・・。
「復活」目指してチャレンジ! 頑張るしかない!
 

祝 令和元年5月1日 久し振りの更新です!

無沙汰しております。ブログの版元ビッグローブ社より下記のメッセージが届きました。 厚く御礼申し上げます。
Subject: 祝ブログ開設14周年!

○━━━━━━━━━━●
ウェブリブログを使い始めて
 14周年!!
 

●━━━━━━━━━━○

ウェブリブログにご登録後、あと2日で14周年になります。 ウェブリブログ事務局のまーさです。
ご利用ありがとうございます!

熟年ヤングハートフォーラム
https://30972253.at.webry.info/

この14年間であなたのブログの訪問回数は・・・223682 件 になります。

過去のブログを振り返ると、昔の自分が感じていたことから新たな気づきが生まれたりするものです。

最初に書いた記事は "思い出、現実、未来に向かって生きる" でしたね
https://30972253.at.webry.info/200505/article_1.html

ブログを始めてから、あなたのライフスタイルは変わりましたか?
ぜひ、今の思いをブログに記録しておいてください。

後で見直すと非常に貴重な記録になります。

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令和元年になって、気分新たに近況とチャレンジを次に記します!

栗橋八福神+αアルファ-

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久しぶりの新作デジブックです!

八福神だけだと満足できなくて、足のむくまま、興味の湧くまま、栗橋宿の関所跡や史跡・遺跡、坂東太郎こと利根川の洪水対策など、街の隅から隅まで探訪した。


スライド87枚の長編?になって見るのに所要18分・・・・。 飽きずにご覧いただけるか、ちょっと心配!  でも楽しんで頂けるよう祈っています!



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手作りの門松!

年々歳々お正月の伝統民俗が寂れていくのは悲しい。 ここ数年玄関の注連飾りさえしなくなった。 百円ショップでは安い大量の注連飾りが並んでいるが買って行く人は少ない。 羽根付き、凧揚げはとっくに消えたし、家前でのバドミントンの姿さえ無くなった。

「門松」は大きな邸宅、商家、会社の玄関を飾る物で縁遠かったが、隣接市「北本」の自然観察公園で暮の3日間「門松作り」イベントがあったので、一念発起して参加した。 23日(土祝)の10時からの2時間、家族連れの30人が参加、オジサンの一人参加は私だけ? 参加費一人¥100。

竹林に入って「真竹」を家族毎一本づつ根元から切ることから始まった。 中が空洞の竹は実に切りやすい。 病みつきになって何本でも切りたい衝動に駆られた。
竹はほうっておくと増えて厄介になる。 適度に伐採するのが一石二鳥ならぬ、一竹二益というところだ。

完成して28日から松の内の明日7日まで我が家の入口に飾られた一対の門松! ごくシンプルに、雄々しく、若若しく!家内安全、無病息災を祈って・・・ :

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かかった費用は参加費¥100とホームセンターで買った若松と金柳が¥700 合計¥800でした。

竹林と当日の作業風景はこんな風でした:

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謹賀新年

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2018年の始まり! 東京オリンピックまで2年・・・

新年の誓いは「選択と集中」。 選択は「心の洗濯、体の洗濯(健康)、身の回りの洗濯(整理、終活)」を含みます。
「弛緩(安らぎ)と緊張」も同時進行です・・・。


とまあ―カッコよく初夢を見ました。

今年も皆々様のご指導、ご支援、ご鞭撻を宜しくお願い致します。
 



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盛夏から晩夏の菜園3題

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菜園日誌を更新してなかったら 知らぬ間に、SNS「楽農コミュニティー ゆいファーム」が消滅?していました。 急遽自前で掲載します。 

上記は(1)2m位に伸びた現在のトーモロコシです。 他の家庭ではトーモロコシの収穫は終わっています。 スーパーでも現在1本\300位です。 玉葱の収穫後、跡地の黒マルチを再利用して、晩生のハニーバンタム ピーター610というのを種まきしました。 収穫目安は90日後、9月下旬ですが。成長ぶりをみるとあと2,3週間かなという感じ・・・ 。 26本植わってます。

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(2)断熱細工後のイチゴです。 7月の猛暑日が続いて、葉が枯れ始めた時に遮熱・遮光の為、黒の遮光ネットで覆いました。 このイチゴは10年前の孫誕生記念に「幸の香」「豊の香」8株を植えたのが始まり。 途中、補充したこともあるが、原則夏越し、冬越しをして、自分で苗を更新しながら現在に至ってます。 品種が混ざり合って、どれが「幸」か「豊」か不明です!

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(3)お化けのような葉のオクラです。 丸さやで柔らかい「レディーフィンガー(貴婦人の手指)」という品種だけど、やけに大きな葉ばかり茂って、一向に花が咲かない! 窒素系の肥料分が効きすぎているのか? 心当たりがないが、「荒川緑肥」という荒川土手の雑草を原料とする堆肥を撒いたのが原因だろうか?


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ご近所の史跡と自然

お恥ずかしながら久しぶりのブログ更新です!

埼玉縣武蔵國北足立郡「井戸木村」とかって呼ばれたこともある現住地の紹介です。

著名な史跡や伝統行事無し、お祭りやお神輿無し、一見「何もない、つまらない」町を「地元愛」「郷土愛」の視点からその素晴らしさや魅力を最大限表すのに3ヶ月かかりました。

収録スライド85枚、使用写真枚数100超の長編です。
見終わるのに多少?時間を要しますので、ゆっくりお時間のある時にご覧頂ければ幸いです:




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デジブック「ジオパーク秩父と周辺」を更新しました!

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写真: 秩父小鹿野町取方(とりかた)の大露頭(2016年3月 国指定天然記念物)

華のお江戸への通勤が終わって早や7年半・・・ 。 専ら住んでいる埼玉県を隅々まで「ほじくって」みよう、歩いてみよう、調べてみよう、決して「ダサいたま」とは言わない、言わせないように・・・ 。

中でも「ジオパーク秩父」はまとまった地域に色んな要素、内容が折り重なり、最高の対象だ。

2016年3月に新たに「古秩父湾堆積層と海棲哺乳類化石」(極めて舌を噛みそうな難しい名前だ)が国の天然記念物に指定された。 要するに2億~1億年前の秩父は海で、その時代の生物の化石が見つかり、海底の地層が現在の地上で見られる。 そういう事もあって2016年は秩父を訪れる機会が増えた。 2014年に発表したデジブック「ジオパーク秩父と周辺」に新たな写真を加えて最新版にしましたので、ご高覧下さい。



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デジブック「鉢形城跡・金尾城跡」を改訂しました!

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(写真:鉢形城は荒川と深沢川に挟まれた要害地にある。普通は訪れない深沢川の河口部の写真です。わー絶壁だ!と初めて実感!)

ブログの更新も、デジブックの新規作成と一般公開も暫くの間出来ませんでしたが、やっと風向きが順風に変わり、飛躍の「酉」年にもなりました。 気合を入れ直して頑張ります!

さて2010年に発表したデジブック「鉢形城」の気になっていた箇所に手を加えたり、2016年は2度も寄居・鉢形城を訪問したので新しい写真と入れ替えることも出来ました。

秀吉の小田原攻めの時、「大河 真田丸」で人気の出た真田昌幸隊が上杉景勝隊、前田利家隊らと共に鉢形城攻めに参戦した史実?にも触れることが出来ました。 荒川と深沢川に挟まれた要害地に鉢形城は立地するとの説明を、2010年当時にはほとんど理解出来なかったが、やっと昨年秋、荒川右岸の河原におりて、深沢川河口を僅かな距離だけど遡ることができて、中上流部は土砂の堆積で、釜や滝など渓谷らしき景観が壊滅し、やっと河口部にその面影が残っていることが分かりました。

そんな新しい情報や写真を編集したのが、下記「改訂鉢形城跡・ツツジの金尾城跡」です。
ご笑覧下さい:



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寒中お見舞い申し上げます。

寒中謹んでお見舞い申し上げます。 今シーズン一番の寒波襲来がここ一週間だそうで、ほんとに寒中お見舞いになりました。 長らくのご無沙汰をお許し賜り、年賀状をもってご挨拶に代えることを重ねてお許し賜れば幸いです! 近々デジブック「鉢形城と金尾城」を改訂してアップします。 既に出来上がっています。 乞うご期待!


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新年おめでとうございます!

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トホホ・・・ 去年8月以来のブログ更新になりますが、新年のご挨拶になるとは・・・  ただひたすらに自らの怠惰を恥じるのみです。 年賀状の作成も遅くなって29日夕刻に投函しました。 デジタル化で賀状廃止の動きもある中で、¥52でつなく一本の細く、長い絆・・・ 。 アナログ文化も残さないと、つまらない世の中になります。

どうぞ本年も宜しくご指導ご鞭撻をお願い申し上げます 

大刀洗平和記念館を加えました!

画像戦後(敗戦後!)70年 昨年8月発表の陸軍桶川飛行学校跡デジブックに昨年10月九州へ山旅の途中、どうしても立寄りたかった大刀洗平和記念館を加えて再発表です。

大刀洗(福岡県朝倉郡)と血洗島(埼玉県深谷市)は恐ろ恐ろしき日本二大洗場(戦場?)と言える(私説!)ほど地名的にも興味が湧く・・・・ 。


大刀洗(たちあらい): 南北朝時代に九州の有力武将菊池武光が戦のあと、太刀を洗ったとされる場所で、菊池氏は熊本県菊池市や菊池神社の起源となる。


血洗島(ちあらいじま): 埼玉の著名経済人渋沢栄一の出身地で、諸説あるが、赤城山の山霊がほかの山霊と争いの後、片腕をへし折られて、血を洗った場所、あるいは利根川の氾濫原で、地洗い、地荒れがいつの間にか地が血に変わったとされる。


大刀洗平和記念館(祈念でなく、記念という文字を使用している)は展示が新しく、見やすく、史料が豊富だが、館内はゼロ戦闘機(国内で唯一現存するもので、マーシャル群島タロア島より返還されたもの)以外は撮影禁止になっていて、見たものは記憶(これは弱点!)に焼き付けるしかなかった。


以下のデジブック再編版をご笑覧下さい:




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上尾の伝統行事: 川の大じめ

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昨日(5/25)14:28の地震は凄かったですねー! ちょうど畑でしゃがんで農作業中で地面の突然の揺れを体感しました。 埼玉県北部が震源地で震度4・・・ 3.11東日本大震災(埼玉では震度5弱)以来の大きな地震だったです。 くわばら、くわばら、怖い、怖い・・ 。

さて久しぶりのブログ更新は1か月ぶりになりました。 いつもと少し毛色の違った上尾の伝統民俗行事の紹介です。 

初めて「川の大じめ」と耳にすると、川の水を堰き止めて何かをやると思いがち。 旧「川村」の江戸時代後期~末期が起源とされる川地区の伝統行事です。
上尾市には川1丁目、2丁目と区画未整理の川○○番地という漢字3画一文字の珍しい地域があります。

地図を見ると他にも「上(かみ)○○番地」があり、少し離れた所に上町(かみちょう)1~2丁目が併存して間違え易い。 北部の外れに「南」があって、どんな由緒があるのか探究心が湧く。 上尾市「上尾村」も実在するので益々血が湧き、肉が踊る。

「大じめ」が大しめなわ(注連縄)の事だと分るまで時間がかかりました。

5月15日13:00~15:00 初めてじっくり見学しました。 担い手の高齢化が進んで、ぎりぎりまで開催が危ぶまれ、市広報誌5月号には掲載が見送られたほど。 詳細は、将来貴重な?記録になるかも知れない以下のデジブックをご覧いただければ幸いです:




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彷徨の九重連山

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6か月もかかって、お叱りを免れない去年10月の九州への山旅の記録です。 時間をかけただけにスライド75枚の長編大作になりました。 中でも印象深い九重連山の3泊4日の行程は初日こそ、小雨でスタートしたが、徐々に天気は快方に向かい、素晴らしい山旅になった。

BGMにはひと時大ヒットした「坊ヶツル讃歌」を使いたいのは山々だけれど、著作権の関係で願い叶わず、ネットで公開されている「坊ヶツル讃歌」を前奏曲としてまず紹介します:


坊ヶツル讃歌」 http://duarbo.air-nifty.com/songs/2007/08/post_b3ef.html  

長編大作のデジブックは:



ご笑覧下されば大変感謝申し上げます。



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憧憬の北アルプス笠ヶ岳

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♪遅くなってゴメンね!♪ 去年の7~8月の夏山はどこでもイマイチ天気がよくなくてフラストレーションがたまる日々だったが、9月中旬は、(例年なら台風シーズンで山は避けるのだが)、思いもよらず素晴らしい天候が続いた。 

北アルプス笠ヶ岳に登った13~15日は絶好の登山日和で山の景観を十二分に楽しんだ。 山はやっぱり「1に天気、2に天気、3に天気」の思いを強くした。 ほかの人も当然同じ思いで、北アルプスは混んでいた。 「来る人拒まず」が原則の山小屋は予約がなくても受け入れるから、小さい布団に3人が寝るなんてことを余儀なくさせられる。 当然廊下に避難して寝ている人もいる。 2泊目の笠ヶ岳山荘の夕食は4回転、朝食は早くから並んでもいつに食べられるか分らないから、小屋側から弁当にしてくれと言われた。 混雑を理由に朝食を弁当にさせられたのは初めてだ。 

安定した天候はその後もつづいて12日後の27日に木曽御嶽山で噴火が起こり、多くの方が犠牲になられた。 映像を見る限りは、やはり青空の素晴らしい天気の下、黒々と噴煙が押し迫ってきた。 天気に誘われてつい行って、惨劇に遭遇された方も多いだろう。

デジブック中に疑問を投げかけたが、道中で秩父沢、秩父平、秩父岩に出会った。 おそらく秩父宮が訪問されたときの命名だと想像するのだが、確証をえていない。 疑わしきは記さずだ。


そんな5ヶ月前の登山記録をやっとデジブックにまとめることが出来た。 最近はすっかりスローペース、スローライフが「板についてきた」感じ。 2枚の板: イタドリ(植物)と石の板が出てくるので、探しながら見て下さると楽しみも倍加?

山小屋でのチョー混雑を帳消しにする素晴らしい天気と景観の登山日記をご笑覧下さい。  BGM初登場のホルン協奏曲第4番が画像にぴったり!?







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天変地異と行田史跡

画像少し大げさなタイトルかも知れない。 しかし去年は広島での土砂災害や木曽御岳山の噴火など想定外の自然災害が発生した。 1月17日は阪神淡路大震災から20年目の日だった。 地球温暖化に歯止めがかからないし、各国のCO2削減計画も足並みがまったくそろってない。 気候変動は益々すすみ、豪雨や洪水、干ばつ、竜巻などが世界のあちこちで発生し、日本列島に限ればさらに地震や噴火の恐怖から逃れられない。

2012年3月に「のぼうの城と行田史跡」というデジブックをお粗末ながら発表した。 そうこうしている間に来る2月28日(土)と3月1日(日)の2日間浦和でお恥ずかしながら自分の作ったデジブックを一般の方の目に晒す感じでプロジェクターで映写するという計画が持ち上がっている。

「ジオパーク秩父と周辺」をメイン映像とするのだが、それだけで見学者の足を止めるのは難しいだろうから、あわせて「県内周辺の自然、歴史、民俗を訪ねて・・・」というサブタイトルで控えのプログラムも準備しておこうかと今までに作ったデジブックを総洗いしたら、「行田史跡」も出てきた。 

行田って町はあらゆる点で素晴らしいのだが、かって洪水という苦い体験を重ねた歴史がある。 関東平野を取り巻く山地から出たところに位置し、利根川と荒川という2大河川に挟まれている。 そのような背景がある行田市郷土博物館が阪神淡路大震災の15年後の2010年10~11月に「天災は忘れた頃にやってくる [天変地異ー災害の日本史ー]」という素晴らしい企画展を開催されて、私も見てきた。 

皮肉にもその6か月後の2011年3月11日に誰の目にも想像を絶したあの東日本大震災が発生した。
行田市は町興しの一環として映画「のぼうの城」を後援し、公開の予定だったが、なにしろ石田三成の水攻めを扱った内容だから「津波」とダブってタイミングが悪かった。 2012年に延期後、公開されたのだが、よくよく行田は水と縁のある町だ。


「天変地異:天災は忘れた頃にやってくる」企画展の意図が、被災地の方に伝わっていれば、地震発生後に避難が遅れて津波に巻き込まれた人の数がもっと少なかったかも知れない。 全ては後の祭りなのだが・・・ 水に流そうという訳にはいかない!

タイトルはややオーバー気味で「受け狙い?」かも知れないが、内容は極めて明るく楽しく観光ガイド的! この1月に2回行田に行って取材を重ねてリメークしました。 前作の「のぼうの城と行田史跡」に比較すると格段の出来栄えで最後まで目を離せない!?とは自分に対して誉め過ぎか?
行田市郷土博物館には大拍手を贈りたい! そして有難うございます。

力作の一編です:



2月28日か3月1日に浦和までお出かけ下されば、スクリーンで見られますよ!

報道では東京湾北部地震や南海トラフ地震の警告が多いが、長い眠りに入ってそろそろ悪さをしそうなのが、埼玉県に長く寝そべっている深谷断層と綾瀬川断層だ。 西埼玉地震: 昭和6年(1931年)9月21日11:19:59 寄居町付近を震源地として、マグニチュード6.9 震度5を記録して県内で16人が死亡された。 あれから80年、そろそろだ・・・   。 と蛇足ながら、でもなく大切なこと! 地震に備えましょう!


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明けましておめでとうございます

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一足早く、郵便配達の年賀状の前に今年のご挨拶をさせていただきます。 
「天に昇った気分?」で富士山の空撮に成功して、年賀状(拡大して見て下さい)にしました。 天気、カメラがよくて、機長も頑張ってくれたのでしょう(スピードを落として、ゆっくり飛んでくれました・・・ 冗談です)。 決してカメラの腕がいいからとは言いません!

大晦日の夜は紅白歌合戦をちらちら見ながら、デジブックの整理をしました。 いつもながらの「ながら族」です。 日本海側の荒れ模様の天気予報を見て、きっと日本アルプスは荒れる、遭難事故が発生する、天気予報を知って「勇気ある撤退をする登山者はいるだろうか?」と案じていたら、やっぱり、燕岳で1人死亡、奥穂高、槍、北岳で遭難のニュースです。

60歳代が多いのも同世代として許しがたい。 家族や友人を心配させたり、世間を騒がすような登山は辞めたいものだ。 若い登山愛好者が増えて、喜ばしいのだけれど、昔「大学山岳部」今「中高年シニア層」の遭難事故が多い。

今日昼間、山梨県吉田口から富士登山をする人たちの姿を報道していた。 初日の出を山頂でという計画だが、「とんでもない、無謀だ」。 歩き始めた頃は問題なくても、いまごろは強風や吹雪?でしょうに! 無事に撤退下山されたことを祈っている。


今年は12月に入ってから、寒さが厳しくて、関東平野部は降らないが、他の地域では雪が多い。 再三再四、年末の日本海側は荒れ、長野県、関東北部まで降雪すると天気予報が出ていたから、登山は延期すべきだったでしょう。

ちょうど自分の登山のデジブックを整理していたものだから、この天候(ここ埼玉でも強風が吹き始めました)と山のことをふと自分のことのように思ったわけ・・ 。

白い山に暗い(黒い?)ニュースが重なって、2015年がスタートしました。
気を取り直して皆様のご健康とご安寧、ご多幸をお祈り申し上げます




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ヤマケイ新書 山岳遭難の教訓 --実例に学ぶ生還の条件--
山と渓谷社
羽根田 治

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登山・ハイキングを安全に楽しむためのよくわかる山の天気 気象遭難防止チャート付 写真と図版でよくわかる四季の山々と気象ガイド 世界遺産富士山の気象も解説
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平井史生/著本詳しい納期他、ご注文時はご利用案内・返品のページをご確認ください出版社名誠文堂新光社出

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矢倉岳から足柄峠、足柄旧道へ

画像あー忙し、あー忙し! 年末は何かと気忙しい。 大掃除、身辺整理、通院、菜園、買い物、年賀状・・・ 毎年、望みもしないのに、やってくる正月。 どうってことないのだが・・・ 。 日はまた過ぎる、年は越え、いつもの新年を迎える。 今度で何度目? いい加減、飽きましたねー・・・ とボヤキ節。

11月8日の矢倉岳ハイキングのデジブックがやっとできました。 足柄峠や足柄旧道に50%の力を注ぎ、血と肉を加えたら、まずまずの出来栄えとなりました。 ご笑覧下さい。 ヤンハー会第147回の記録: 11月8日(土) 曇り、参加者 7名(男性5名、女性2名)。





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結願に向かってゴー! 秩父34か所結願です!

画像とは言え、結願したのは11月12日のこと!あれから1か月がたちました。 スピードとパワーに欠ける今日この頃です。 トホホ 「終わり良ければ全て良し」にしたくて編集を頑張りましたが、出来栄えはいかがでしょうか? 

今年は秩父に行くこと10回の多きに達しました。 多ければ良しでもないことは当然。 しかし秩父がやっと見えてきた気がしますが、遠いことには変わりありません。 来年はまた深化した旅ができることでしょう。

札所巡礼に飽きたらず、ジオパーク秩父も見ながら、楽しみながらの「二足のワラジ」旅でした。 下記デジブックをご笑覧下さい:





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自転車で札所とジオサイト巡り

画像頑張って札所とジオサイト巡りをしています。 10月8日:わが誕生日の前日に実行したレンタサイクルによる今年6回目の秩父巡礼です。 距離が長かったことと坂道が多かったこと、それに歩道と車道の区別がない、横をダンプやトラックの走る道路も多くて、終盤には「疲労と危険」が重なったポタリングでした。

結果的には加齢を考え、リスクを避けて、安全安心を優先させて無事帰還。 余った30分でもう一か所行ったらひょっとしたら事故ってた? そんな思いが錯綜した○○歳最後の一日は、また一つ壁を越え、あと3寺で34札所の結願になる高揚感と満足感で1人飲むは格別に美味しかった。

デジブックをご笑覧ください!





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凄い聖地! 32番法性寺、31番観音院、観音山

画像秩父札所34寺院の中で「最も凄い聖地!」と言えるのが32番と31番。 ところが最も僻地といえば語弊があるかも知れないほどのアクセスの悪い場所! クルマ利用なら全く問題ないが、路線バスは近年本数が減って不便極まりない。 歩くには距離があり過ぎる・・・。 

32番法性寺(ほうしょうじ)には見逃すわけにはいけない奥の院があって、往復1時間は余計にかかる。 31番観音院は両神山と二子山の間にある独立峰的な観音山(標高698m)の中腹にあって、ジオパーク秩父の名石の一つ岩殿沢石(砂質凝灰岩)の産地であり、仁王門の仁王像一対がこの岩殿沢石製だ。

という訳で、9月26日(金)と27日(土)の1泊2日でこの2寺院と観音山に登頂した。 ヤンハー会第146回の記録: 天気は晴れ、参加者は26日2名、宿泊4名、27日のみ参加2名が加わって6名。


詳細は以下のデジブックをご参照ください。 いい出来栄えです!



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今年は午年、駒だ、越後駒だ!

画像非日常が日常的になって、久しぶりのブログ更新と、デジブックの発表です! 8月3~5日の新潟県平ヶ岳と駒ヶ岳のうち、残った駒ヶ岳のデジブックがやっとできました。 なかなかの出来栄えです!・・ といつもの自画自賛?

今年は12年に一度の午(うま)年・・・ 越後駒に続いて偶然にも8月25~28日には秋田駒ヶ岳、乳頭山、姫神山にも行ってきた。 ところが雨こそ降らないが、曇りやガスがでた山景色しか撮れなかったので、デジブックにするにはためらいがある。 盛岡に1泊して賢治、啄木の足跡や、真新しい県立博物館で三陸海岸ジオパークや岩石標本を見たことがむしろ印象的だ。 そっちをデジブックにするかも知れない。

密かに目指して、目標を達成しそうなのが、午年総開帳の秩父34か所札所めぐり・・ 。 何ゆえか11月18日まで総開帳になっているが、あと4寺院を残すのみとなったので、期間内にあるいは年末までにはクリアできる。 
9月26,27日に1泊で秩父へ行った32番般若山法性寺や、岩殿沢石と観音山の31番鷲窟山(しゅうくつざん)観音院は34札所の中では1,2を競うパワースポットであり、ビジュアル的にも素晴らしい寺院だった。


まずは出来上がったばかりの越後駒です:






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続 反戦と平和の祈り

画像桶川飛行学校跡を見て頂いた方は興味をお持ちになったかも知れない。 朝ドラ「花子とアン」では蓮子サマと息子との涙の別れ・・・、玉音放送が終わって息子が帰ってくると思っていたら、鹿児島空襲で戦死の公報が届く・・・ 蓮子サマ(仲間由紀恵)の髪が一晩で白髪に変わる!・・・・ 2年前の朝ドラ「梅ちゃん先生」でも焼け跡、闇市の様子が出てきた・・・  段々と戦争を伝えるドラマの作り手も語り部も減っていく!  戦争は悲惨だ!

青年海外協力隊の若い人たちが、海外で「ヒロシマ ナガサキ」展をやって戦争からの復興の模様を伝えている。 「人は憎まず、戦争を憎む」とはいい言葉だ。 第2次世界大戦から69年というのに、いまなお世界のあちこちで「殺し合い」がある。 地道な青年海外協力隊の活動を伝えます:

[JICAメルマガNo.137より] 詳細は下記http: を開けて下さい。

2004年、中米ニカラグア。 この地に、広島県出身の青年海外協力隊員がたまたま4人同時に派遣されていたことから、ヒロシマ・ナガサキの原爆と復興を伝える「原爆展」が始まりました。 それから10年、隊員有志による原爆展は世界各国に広がり、60ヵ国以上の国で約120回が開催されています。

当時のニカラグアは、内戦終結の直後だったということもあり、人々は生きる希望を持てないような状況にありました。 そこで、4人の協力隊員は、「あの原爆から復興した今の広島の様子をニカラグアの人に見てもらいたい。 そして生きる希望を持ってもらいたい」と考え、初めての原爆展を企画。 開催に至る道のりは平坦(たん)ではありませんでしたが、隊員らの強い気持ちはぶれることなく、開催にこぎつけたのです。

◇ ニュース記事「協力隊員が伝える『ヒロシマ・ナガサキ』」を読む
   http://c.ams1.jp/?e=7bIJHE9uVMRFg1bxXbN

来る10月4日(土)に桶川で学校跡の見学会とシンポジウム「戦争遺跡をどう残すか」があります。
JR高崎線桶川駅から無料バスが出ます。 午後のシンポジウムには私も参加します。

詳細は「飛行学校を語り継ぐ会」のウエブ: http://okegawa-hiko.jp を見て下さい。




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越後平ヶ岳(ひらがだけ)

画像8月3日から2泊3日で魚沼市銀山平温泉に泊まって平ヶ岳と駒ヶ岳に登ったうち「平ヶ岳」編です。

かっては銀山で賑わい、釣り人位しか入らなかった秘境に電源目的で奥只見ダムができ、湖底に沈んだ地権者が銀山平に居を移して宿や民宿、温泉を開き、現在は森林公園になっている。 初めて訪れたのは15年前、尾瀬からの帰途、奥只見ダム(銀山湖)から路線バスに乗って小出に向かったら、運転手と私達だけの大型バスがクルマも出会うことがなかったシルバーラインのとてつもなく長―いトンネルを抜け、立寄ったのが銀山平・・

まったく過疎の村で、人っ子一人、猫の子一匹いなくて、なぜこんな所に停まるの? バス停に形だけ寄ったバスはすぐに発車して、再び長いトンネルを抜けて小出駅に向かった。 その間中、運転手は終始無言・・・  キツネかタヌキに騙されて、どこかに連れて行かれるかも?と気持ち悪くなって、小出駅に着いたら仲間と顔を見合わせて「ホッ!」・・  いまでも忘れられない体験だ。

平ヶ岳といえば日本百名山ながら、鷹ノ巣からのアプローチが長くて、シニアには到底無理!?と諦めていたら、昨年9月に中ノ俣林道経由で銀山平2泊のツアーを見つけて勇躍?参加。 ところが終日小雨で視界が悪かった平ヶ岳は登頂したが、翌日の駒ヶ岳は台風接近で登山口さえ行かず、東京に涙の帰還。 なんとも不完全燃焼で終わった。 

そこで宿の食事、清潔感、雰囲気や温泉に24時間入れる素晴らしさなどが捨て去り難く、今夏はヤンハー会で実施となった。

さて中ノ俣林道・・・ 登山愛好の皇太子が行く前に整備されたいわゆるプリンスロード、宮様ロードの一つだ。
ガイドブックも見てもまず出てこない。 「自然破壊だ」と目くじらを立てる人がまだいるようだが、私たちは躊躇なく恩恵に預かった。 もともと作業用の道があったのを、皇太子ご訪問となって拡大整備されたようで、いまなお未舗装のガタガタ道・・・  谷からの落水、がけ崩れなど危険一杯で、一般は通行禁止。 銀山平の宿の手配と管理で有料で送迎をやってもらえる。  だから朝4時出発、帰りは13時に現地発と、行き帰りが決められているので窮屈だがやむを得ない。 車酔いをした仲間もいた。

ヤンハー会第145回の記録: 参加6名(男3名、女3名) 天候: 晴れ 銀山平に到着した3日夕方と帰る5日夕方に雷雨があったが、いずれも登山行動中でなくラッキーだった。


第101冊目のデジブックです:


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陸軍桶川飛行学校跡: 桶川から知覧へ

画像久しぶりのブログ更新です。
8月6日ヒロシマ 9日ナガサキ・・ 間に挟まれて12日日航機御巣鷹尾根墜落29年、15日終(敗)戦記念日69回目 ・・ いわば追悼合掌ウイークと言っていい。 来年は終戦70年できっと平和の願望が高まる!? (集団的自衛権の憲法解釈変更、容認を政権が急いでいるのは来年になると雲行きが怪しくなるとの思惑か?・・ ある人の説)

山歩きや菜園日記のブログは余りに享楽的? ちょうど閉塞感が漂ってきたときに近くの陸軍飛行学校跡のお話を聞いたり、見学する機会を得た。  折しも69年目の敗戦記念日だし、時宜的にぴったりだ。 来年より今年の「先取り」に意味がある!

10年前に知覧に行き、桶川から特攻隊が出たことは知らずに平和会館を訪問した。 ブログは開設してなかったし、デジカメも持ってなかった。 編集材料が乏しい中、ネットの力を借りて知覧の部分を編集しました。

戦争で命を亡くした方への慰霊と、反戦と平和への祈りを込めて、そしてデジブックが丁度100冊目になったので記念アルバムです。
ご共感いただければ幸いです:





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大菩薩嶺と小金沢連嶺

画像5月4,5日の連休に1泊2日で行った大菩薩嶺と小金沢連嶺の山旅日記です。 大菩薩嶺は都心から近くて標高2000m超の高原気分が味わえる山。 長らく塩山が最寄駅だったが、甲斐大和駅から土日祝だけ登山バスが出るようになって便利になった。

1日目は晴れのち曇りのまずまず合格点の天気だったが、見える筈の富士山がかすかな陰影のままで、デジカメで撮っても形の残らない状態だった。 2日目は曇りの午前中だったが、昼前から小雨が降り始めて、ずうっと降り続いたからカメラはポケットにしまったままだ。 さあー山旅日記はどうしよう? 比較的頻度多く行っている大菩薩だが、よく調べてみると、デジブックではまだ作ってない! じゃー過去の写真データをセピア色にしたり、最新の機能も利用して、なんとかデジブックを仕立て上げようか! 

山梨から見る富士山が表じゃ! 静岡から見るのは裏じゃ・・ という朝ドラの場面を思い出して、山梨言葉(甲州弁)も入れると面白い?! パルピテーションという難しい英単語も朝ドラに出てきた。 

大菩薩についてはこのデジブックが最初で、最後になるであろうと思う作品になりました。 しかもこれが99作目のデジブック。 どうぞ、こぴっと見てくりょう、笑ってくりょう! 
ヤンハー会第140回の記録: 5月4,5日(日、月) 参加: 8名(男性5名、女性3名)うち2名は4日のみ参加。




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秩父学習、札所とジオパークその3

画像今年4度目の秩父詣は6月1日にヤンハー会行事として実施。 7,8日に山歩きの予定があったが、なんとなく嗅覚が雨を悟り?、1日にも実行した方がいいと神のお告げもあった? (最近の霊場巡りが高じて、神懸り?) 案の定、5日に例年より早く入梅して、しかも連日連夜の強雨・・・ 。 平年の6月の雨量をすでに越したという・・ 。 そんな訳で6月1日のウオーキングは先見の明? トシの功?

4月、5月の旅や山歩きの記録があるけれど後回しにして、秩父を続けた方が整理しやすい個人的理由から、ヤンハー会第142回の記録です。 6月1日(日) 晴れ 35度を超す猛暑日で最後の温泉とジョッキがサイコー!、参加者5名(男性3名、女性2名): 以下のデジブックをご笑覧下さい。 



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枝垂桜、札所とジオパークその2

画像秩父詣が続く今年、2回目を3月16日、3回目を4月7日に実行した。 3月16日(日)はヤンハー会第138回として参加6名(男5、女1名)で地学団体埼玉支部が主催する日曜地学ハイキングに初めて加わった。 4月7日(月)139回は枝垂桜で有名な清雲寺を主目的に天気と平日ねらいで、月曜日実施となった。 参加は男性3名。 以下のデジブックをご笑覧ください:




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秩父札所とジオパークその1

画像2月18日に「日光東照宮の謎」を書いて以来の謎めく久しぶりのブログ更新です。 春眠? 雌伏? 癒し? 怠け癖?のいずれにも該当する3か月半です。 その間に春暖の候がはや過ぎ去って、関東地方にも梅雨入りが明日か明後日かに迫ってきました。 梅雨期に入ると、畑を含むアウトドアには出かけられなくなるから、パソコンに向かう時間も増える筈! 在庫一斉クリアランスで、デジブック編集にいそしみたい!

最初は3月4日に一人で秩父札所と親鼻橋、長瀞を歩いた記録です。 デジブックは写真60枚の大作となりました。 これが遅れた原因の一つかも知れない。 なにしろ凝り性?なもんで、いろいろ調べてからでないと公開できない性格?は納得のできるデジブックが出来るまで時間がかかりました。

今年は午(うま)年で、秩父札所は12年に一度の総開帳、しかも1234年甲午(きのえうま)年に開創されて以来60年ごとの13回目の甲午にあたる! ジオパーク秩父が2011年に認定されたことと相まって、年内に34か所を回って観音様のご加護を願いつつ、ジオパークを勉強するか! ・・・ と決意?して、3月16日、4月7日、つい先日の6月1日、去年の12月2日にも行っているから、ここのところの秩父詣は特筆もの!

そんなわけでこの後、「札所とジオパークその2、3」と続きます。

長めのデジブックになったが、雪景色の武甲山が大変綺麗で、6月1日にも真下を歩いたが、また違った印象を得た。 最後まで我慢してお付き合い下されば、大喜びです:



なお、前作の下記「ジオパーク秩父とその周辺」(2014.1.23 公開)ももう一度閲覧下されば、なお一層秩父の良さが深まることと信じて疑わない身勝手さをお許しください:

http://30972253.at.webry.info/201401/article_3.html ジオパーク秩父と周辺


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日光東照宮の謎

画像去年は富士山の世界遺産登録が話題だったが、先輩格の日光も負けてはいない! 「日光東照宮の謎」(96年初版)という本を著わした東照宮元禰宜の講座を2日間聴き、そのあと現地視察に参加した。 東照宮を訪れたのは20年以上振りかも知れない。

本の内容の紹介なら、どうぞ本をお読みくださいで終わってしまう。 歴史好き、宗教民俗好き、大河ドラマ(今年は信長、秀吉が今、出てますねー)好きにとっては僭越ながら私見を交えたくなる。 秀吉が祀られている京都の豊国神社や、最近訪れた秩父神社、鋸山日本寺が家康と大いに関係ありと発見して、つい触れたくなる。

おまけに最近の日中、日韓関係は最悪! 毛利の3本の矢をまねた3本の○○、自らの名を冠した○○ミクスとやらを、人前で自慢げに話す傲慢?ぶり。 秀吉が朝鮮から明まで攻めようとしたのは禍根を残すが、その後の徳川270年間は実に平和で安定した社会だった。 時代背景が大いにあるだろうが、家康が古代中国に範を求めたのは高く評価すべきだと思う。 日本の文化のルーツは中国から朝鮮半島経由で輸入されたものだ。

そんななんやかんやの「てんこ盛り」で、長いデジブックになった。 時間のある時にゆっくり最後まで見ていただければ幸いです。



気になる私的感想を一つ、二つ・・・

1.家康は一体、何宗?
戦(いくさ)の時の旗印にした「欣求浄土厭離穢土」は浄土教(浄土宗、浄土真宗)系。 徳川家菩提寺の芝増上寺は浄土宗。 同じく菩提寺の寛永寺は天台宗だし、神仏分離以前は一緒だった日光山輪王寺も天台宗。 有力ブレーンの一人天海は日光山貫主で天台宗。 日光に廟所を置くことを主張した。

ブレーンの金地院崇伝は南禅寺で臨済宗。 林羅山は儒学(朱子学)。 家康は神道も尊んだ。

子宝に恵まれなかった家康の両親は薬師如来を信仰してから家康が生まれた。 家康自身はそれで薬師如来を生涯信仰。 小石川養生所を作ったり、自ら薬草を調合したりと、長寿や健康、子孫繁栄には人並み以上の気を使った。

要するに家康はバテレン(キリスト教)を排斥したが、その他の特定の宗教、宗派に属さず、全方位外交の道をとったのか、おのれの信じる道を真っ直ぐ進む信念の持ち主だったのか、その権勢ですべてを超越した神の地位につくことを周囲が認めたということだろうか?

陽明門の近くに鳴き竜で有名な「本地堂」があって、本尊薬師如来が祀られている。 薬師如来は神様になった筈の家康の「本地仏」つまり家康の仏の姿。 本地堂の帰属が東照宮か輪王寺か長年争いがあって裁判沙汰になった(拝観料がどちらに入るか重大!)が、輪王寺で落ち着いたようだ。 輪王寺側は本地堂と呼ばずに「薬師堂」と呼ぶ。

家光の廟所の大猷(たいゆう)院は輪王寺に所属している。 祖父と孫は神様になった家康と、仏になった家光は日光山内では違う訳だ。

そんな事情があって日光を訪れて拝観券を求める時、単独券を買うか、二社一寺券を買うか惑わされる。 二社とは東照宮と二荒山神社、一寺とは輪王寺。


2.日本寺大仏と家光、家康

鋸山日本寺の大仏を見て驚いた。 奈良、鎌倉、高岡、兵庫、岐阜・・・ 大仏は通常、手には何も持たないシンプルな「如来」形で万物、万象の味方というか、最高地位の仏様。 日本寺大仏は手に薬壺(やっこ)を持っている薬師如来だ。 (名の通り、病気、ケガを直し、長寿、子孫繁栄を実現してくれる、いわば専門分野のある仏様)

死後、大方は西方極楽浄土に行くことを希望するのだが、東にも東方浄瑠璃(瑠璃色の美しい所らしい)世界があって、そこは薬師如来が中心だ。 秀吉は死後、京都東山の阿弥陀ヶ峰に西を向いて葬られ、麓の豊国神社に本願寺の方向(西)を向いて祀られている(つまり秀吉は西方極楽浄土を希望した)。

徹底して豊臣家を嫌った家康は西方極楽浄土ではなく、東方浄瑠璃世界を希望したのだろう。 東照とは東から照らす、あるいは東から昇る太陽も意味したのだろう。 西軍に組した西国大名の動きを牽制する意味もあったらしい。

日本寺は奈良時代の創建で、法相宗、天台、真言を経て、家光の時代に曹洞宗になり、本尊は薬師如来だが、なぜ家光の時代に曹洞宗になったか不明だし、大仏の原型は1783年に出来たから、家光・家康との接点が薄くなる。 が一方、乾坤山日本寺の寺名は乾坤(けんこん)が「天地」を意味し、日本寺というナンバーワン的な名称は家康・家光好みと思う。

日本寺を訪れた時は、そこまで考えなかったが、今から思うと大仏は西を向いている気がする。 徳川家が大仏建立を働きかけ、家康が西に向かって睨みを効かせていると思いたいのだが、確証はない ・・・ 日本寺の謎だ!

3.レジェンド① 弘法大師伝説

日光開山の祖は勝道上人(735~817)と言われ、二荒山(現男体山)を初めて登ったと言われている。 勝道上人が二荒山神社、滝尾神社、四本龍寺(輪王寺の旧名)を開いたとされるが、現地の滝尾神社に行ってみると言い伝えでは弘法大師が820年開創したと案内板に書いてあるから、どれが正しいのか迷う。

弘法大師の「言われ」がある箇所が、北海道を除く本州で5,000、弘法清水の類が1000、温泉が26あると、モノの本に書いてあったが、5,000や1000は単に無数の意味、温泉26が数えた数か? 空海(774~835)の時代はまだ「長旅」そのものが不可能に近い時代で、香川出身の空海が京都、高野山ほか近畿、四国、北九州に行ったのは証拠が残っているが、それら以外は無理だったようだ。 東日本を巡ったことを裏付ける古文書の発見が待ち遠しいが、のちの遊行僧(高野聖)が広めたと言われている。

4.レジェンド② 左甚五郎伝説

東照宮の眠り猫、秩父神社の彫刻、、見沼国昌寺の竜の彫刻が左甚五郎作とされ、京都知恩院の屋根下に甚五郎の忘れた傘が残っているのだが、実在したかどうかさえ不明の伝説に過ぎない。

レジェンド(Legend)とは弘法大師や左甚五郎のことをいい、英語では簡単な一語ですむのだが、ソチで銀メダルをとった現役41歳のスキージャンパーのことをレジェンドと呼ぶことは言葉の誤用、乱用と思えて、違和感を持つのは私だけだろうか? それとも「なんでもあり!」のカッコ良さだろうか?

・・・ と熱戦が続くオリンピックと2週間続けての大雪に振回されている今日この頃です。


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江の島藤沢七福神ウオーク

画像湘南5市、多摩2市を毎年歩いている恒例の七福神は去年の茅ヶ崎から2巡目に入って今年は藤沢・江の島の番。 ジオパーク秩父以来、「石」づいていることと、「フレッシュさ」も必要なので、前回とは逆回りで先に江の島を訪問して、岩屋洞窟見学を盛り込んだ。 江の島で時間が取られるから、藤沢市内の七福神が日没までに回りきれない? ・・・ との覚悟で計画したが・・・  結果はデジブックをどうぞご笑覧下さい。

ヤンハー会第137回の行事: 1月19日(日) 晴れ 参加は9名(男性6名、女性3名)




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江の島大好き江の島の植物 季節の花
湘南社
坪倉 兌雄

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房総鋸山と日本寺

画像石(意志)づいたところで、房州石の鋸山(のこぎりやま)と弘法大師修行の地「日本寺(にほんじ)」の記録です。 ぜひ「懐石」料理の味をご賞味下さい。 1年間懐(ふところ)に入れて、温めておりました。 余談ですが、温石(おんじゃく)ともいい、祖母が使っていた石を幼年時代に見たことがあります。 ホッカイロのない時代です。

記録は昨年3月17日(日) ヤンハー会第126回 参加7名(男性5名、女性2名)の思い出になりますが、記憶と印象は「冷める」ことなく、鮮明に蘇りました。

さて鋸山の存在は古くから意識し、三浦半島からも眺めておりましたが、クルマとロープウエイで行ける観光地のイメージが強くて敬遠しておりました。 関東生まれ、育ちの方なら学校遠足やご家族で行かれたかもしれないが、関西人には馴染みのない場所です。 

次にどこに行くか悩み始めたヤンハー会と加齢と共に周辺は見ておいた方がよい(つまり冥途の土産っていう類・・・)意識が高じて鋸山の選択となり、時期も房総の暖かさに期待して冬眠後の3月にしました。 もう一つの特長は鉄道ファンじゃないけれど、休日おでかけパス(一日乗り放題の切符)をフルに使って、東京から時計回りに内房線で、千葉経由鋸山に行き、同じ経路で帰らずに、対岸の久里浜にフェリーで渡り、横須賀線経由で東京に帰ってくる東京湾一周パノラマコースにしたこと。 お天気次第で、船上から夕陽や富士山の景色が期待できる・・・ 。 神奈川在住の仲間も多いので、ウケル?・・・ と一石二鳥、三鳥の狙いがありました。 どこまでも「石」です。

余談続きになるが、ホリデーパス(休日おでかけパスの旧名)はヤンハー会が始まった99年当時は\2040、その後の値上がりで\2300、平成24年ごろより\2600になった。 土日祝日のみ発売だから、サンデー毎日のシニアになっても、平日にはJRは高くて乗れない! ・・・ とブツブツ独り言。 最近シニアに冷たい世相だけど、シニアには値下げするか、平日も有効にするとか「暖か味」が欲しい!

とりあえずデジブックにして、見終わったらぜひ後半部分もご笑覧ください:




後半の本題に入って、目にしたり、耳にする関東の「石」についてネット情報です:
(熱心に調べていると、墓地や墓石をお探しですか? とセールスされるから注意!-笑)


1.秩父青石
前作ジオパーク秩父で触れた秩父産の緑泥片岩や緑色片岩は、現在秩父では採石場跡があるだけで、生産されておらず、 小川町下里に一軒の工場がある。

行田市の7世紀前半の八幡山古墳では厚さ30センチ位の秩父青石が使われているが、わずかながら房州石があった。 陸路なのか、水路なのか、この時代にどうやって遠くの秩父や千葉から運んできたのか謎だ。 房州石をここで見て、ぜひ本場の房州石を見なくちゃーと思った。

板碑(いたび、板石塔婆)は鎌倉時代から戦国時代に主に関東地方で武士から始まった死者の供養や、生前供養を目的とする。 関東で35000位あって、そのうち27000位が埼玉県で確認されている(京都奈良を含めて関西では見られない)。 秩父でふさわしい石が見つかったのが、大きな理由だし、古墳の中の石棺の二次使用も確認されている。

板碑の頂点は三角形でその下には阿弥陀如来が梵字(キリーク)で描かれている。 平安末期の末法思想から浄土信仰への移り変わりが読取れる。

埼玉の誇りは、板碑と氷川神社の数! 氷川さんの数も日本一!


2.大谷石(おおやいし
中禅寺湖から華厳の滝経由で流れている大谷(だいや)川の下流かと思ったが、大谷川は鬼怒川に合流し、鬼怒川は利根川に合流して大谷石とは関係ない。

宇都宮市北西の大谷地区で産し、最近も新しい石脈が発見されて採石が続いているが、畑が陥没したとかのニュースも目にする。

生成は500万年前の日本列島大半が海中にあった頃、火山が噴火して、火山灰や砂礫が海底で凝固したもので軽石凝灰岩と呼ばれる。 房州石と同時期で、生成過程が似ている。

栃木の6~7世紀の古墳で使われている。 家の塀や土蔵など、埼玉でも古い家で使われているが、最近はパン釜、ピザ釜などレストランでも使われている(しかし、釜を熱くするまで時間がかかるだろうし、ずうっと火を入れたままなのだろうか?)。

駒場の日本民芸館、神奈川県立近代美術館(鎌倉でしたね?)、明治村の帝国ホテルライト館が施工例。


3.房州石
鋸山の金谷石が最良質。 大谷石と同時期に火山の噴出物が海底にたまって凝固。 凝灰岩、凝灰質砂岩と呼ばれる。 江戸末期の安政年間に伊豆の石工によって掘られ、明治まで採掘。 大正になるとセメント(秩父や青梅?)に代わられ、戦後になると大谷石に代わられ、現在は閉鎖。 日本寺の百尺観音や大仏は房州石の岩盤に素彫りだが、1500体以上の石仏は伊豆から石材を運んだとされているから、細かい彫刻には向かなかったようだ。

施工・使用例:: 靖国神社の石塀、早大(大隈講堂)、釜戸、パン釜、七輪、火消し壺、灯篭など (骨董市で探してみよう!)


4.根府川石、伊豆石ほか
小田原市早川から真鶴、根府川、宇佐美、伊東の伊豆半島の東から南海岸まで、江戸城修築の石材の大供給地で130か所の石切場跡がある。 中でも根府川石は天正年間(1573~91)に開発されたが、遥か昔の縄文時代に伊勢原、厚木の住居の敷石に使われていた。

箱根外輪山の溶岩流が固まった安山岩(堅い)系とほかの火山(宇佐美火山など)の溶岩流が固まった凝灰岩系(安山岩に比べると柔らかい)の2種類がある。

5.鎌倉石
初めて知ったが、鎌倉から藤沢にかけて採掘された凝灰質砂岩を鎌倉石と呼ぶ。 現在は採石されてないが、鎌倉五山の一つ浄智寺参道に敷かれているとか・・・・ 。

6.鉄平石
この石を見たければ我が家に来てください!(冗談です)
諏訪・佐久地方で1884年頃出現。 2500万年前八ヶ岳の火山活動の結果生まれた。 輝石安山岩(根府川石もそう)と呼ばれる火成岩で、板状節理(板状に割れやすい)で厚さ2~3センチ。 最初は生産地近くで瓦以前の屋根材として使われたが、運搬と施工が大変だったから、当時の裕福な家のステータスシンボルとなった。


25年前に我が猫額庭(猫の額より小さい庭)の飛び石としてホームセンターで買ってきて、いま数えると13枚(因縁めいた数だが)敷いた。 15~40センチ、厚さ1~2センチで健在。 黒に近い、深緑色だ。 これで石の講座終了。


長くなったが、衰えるメモリーを補うため、文章にしてまとめました。 お付き合い有難うございます。

青春からの軌跡をたどるなら、人を愛すること、愛されることに始まり、やがて飽きが来ると(大いに語弊があるかも知れないが・・)、 素直で従順なペットを可愛がり、これにも飽きが来ると、お世話した分だけ黙って静かに育ち、綺麗に咲いてくれる花を愛で、これにも飽きが来ると、いよいよ無味乾燥して何にも動じない「石」を愛で、磨き、最後は安らかにその石の下に眠る・・・ 

なにか最近、石のことを考えると、安らかな気分になります・・・・

(ちなみに我が家は愛する家族、ペットのマルチーズ犬、ベランダ園芸から発展した野菜作り、そしていつも踏みつけている鉄平石・・・ と4者共存共栄で仲良く暮らしていますので、ご心配なく!)



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ジオパーク秩父と周辺

少し時間をかけて地質や岩石のことを勉強しながら、やっとまとまりました。 まだ聞きなれないですが、日本にジオパークが25か所あり、その内5か所が世界ジオパークに認定され、秩父が2011年に25か所の中に入りました。 世界ジオパークを目指しています。

画像そしてジオパーク秩父の見学会が、昨年12月2日に夜祭宵宮と合わせてあり、参加しました。 暮から今日まで古い写真から、地質、地形、岩石に関係するものを50枚選び、編集しました。 「周辺」が広いです。 時間にして、見終わるまで16分かかりますが、じっくり、ゆっくり、最後までみていただければ誠に嬉しいです。 自信の大作?で、秩父よいとこ、一度は行こう(おいで?)・・ の気分になること、間違いなし!

以下のデジブックをご笑覧下さい:





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八王子城址と北高尾山稜

画像 穏やかな初冬の一日、八王子城址をボランティアガイドさんの案内で歩き、そのあと低山の尾根歩きながらアップダウンの多い北高尾山稜を山仲間と歩いた記録です。

ヤンハー会第136回山行記録 12月21日(土)晴れ 参加7名(男性5名、女性2名) 17:30より八王子で納会(忘年会)に2名参加 合計9名

昼食時にはお汁粉の予定で、お餅やお汁粉(レトルト)、焼き網などを用意して行ったが、予想以上に城址の見学に熱中したことと、日頃の運動不足気味のメンバーの足並みが心配でお汁粉は「お預け」となった。

以下のデジブックをお汁粉の代わりにご堪能?下さい:




戦国時代末期の秀吉軍による北条氏討伐から関東制圧、天下統一の歴史には八王子城以外にも埼玉県寄居の鉢形城と行田市の忍(おし)城が主たる舞台であったことも分った。 共通して曲輪(くるわ)や虎口(こぐち)などの用語が使われていた。

秀吉方前田利家・上杉景勝軍2万は鉢形城を落とした後、八王子城を落とし、秀吉は忍城に出陣を命令したが、小田原北条方が降伏したために、前田・上杉軍が忍城には向かうまえに戦は終わった。

石田三成軍2万は忍城に対して秀吉の水攻めの命令(三成の発案説もある)を徹底して遂行したが、成功せず時間がたつだけで、小田原城開城をもって戦が終わった。

以下のブログやデジブックのバックナンバーにも立ち寄っていただければ、当時の山城、平城の様子が理解しやすい:

鉢形城跡 2011.2.26
http://30972253.at.webry.info/201102/article_4.html 鉢形城跡

のぼうの城・行田史跡  2012.3.2
http://30972253.at.webry.info/201203/article_1.html のぼうの城

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明けましておめでとうございます

謹んで新年のご挨拶を申し上げます!

加齢と共に時々居眠りに入るブログですが、出来るだけ頑張って更新するよう元旦の誓いです!コメント、気持玉が唯一の励みになりますので、ご感想をいただければ背中を押されたと思って前進します!

今年の年賀状です(拡大して見てください):


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昨年は富士山が世界文化遺産に認定され、10回も登山したのは人生で最初で、最後になる可能性大ですので、やっぱり正月の定番として採用しました。 10月に登った山中湖畔「鉄砲木の頭と高指山コース」の内、高指山(たかざすやま)から見た富士山です。 パノラマ加工しています。

関東では馬頭観音と庚申塔によくお目にかかります。 日頃歩いたり、走ったり(自転車で!)した時に撮った馬頭観音の写真をモノクロ加工して「出馬」させました。 観音様の頭の上に馬頭があるのが標準ですが、なかなか馬頭が残っているのがありません。 馬頭を石細工するのは困難と見えて、時代が進むと単に漢字で「馬頭観音像」と彫った石像にも多く出会います。

真中の長ーい馬面(頭?)が残っているのは珍しい筈で、上尾市内で発見したものです。 しかも中央下に「馬頭観音」と彫られた字がうっすらと見えます。 お宝かも知れません?! 最近は道端の石仏や地蔵さんが盗まれて古物商に買い取られる嫌な風潮があるようなので、これも盗難に厳重注意です。 盗む人にはバチが当たって当然です。 「馬」鹿ヤローですねー!

馬頭刈山(まずかりやま)は奥多摩にある山で2010年5月にヤンハー会で登りました。 山名の由来が不明で「虎刈」から類推して、馬のタテガミのように見える山か?なんてええ加減なことをブログに書いた記憶があります。

かくしてウマ年のスタートです。 左に向かうか、右に向かうか、それとも中道を行くか? 駄馬に落ちぶれずに、千里を駆けたい駿馬を目指しても、「無」理と分れば程ほどの所で留まろう!

本年も何卒よろしくお願いいたします。



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鉄砲木の頭と棒の嶺から白谷沢

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久しぶりの山行記事の掲載です!

1.鉄砲木の頭(てっぽうぎのあたま): 山中湖東畔に位置して富士山のビューポイント
  第134回ヤンハー会 10月27日(日) 晴れ 参加: 5名(男性3名、女性2名)


2.棒の嶺から白谷沢(しらやさわ): 
奥武蔵 飯能の北部に位置する展望の山で沢歩きも楽しかった
  第135回ヤンハー会 11月30日(土) 晴れ 参加: 6名(男性4名、女性2名)


2件をまとめて掲載しました。 アヴェ マリアの調べに乗って、下記デジブックをご笑覧下さい。 なにしろBGMがよい、写真もよい、構成も、文章もよい・・・ と自画自賛!?



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福島のデブ田のこと -農業応援(9)

久しぶりのブログ更新と福島県農業のメルマガ第31号です。

震災直前に脱サラして米作りを始めた方の話や、初めて聞く「デブ田」から美味しい米が取れることや、苦労しながら力強く米作りに励んでいらっしゃる皆様の姿を眼に浮かべて応援したくなります。 そんな最中にNPP交渉から国の政策が減反から大きく方向転換されそうなことには、素人の私にもこれからの米作りや日本の農業はどうなんの?と心配させられます。 実は私の友人で新潟、群馬と福井で米を作っている人がいるのです。

11月23日には郡山で有機農業のフェスタ「ふくしまオーガニックフェスタ」が盛大に開かれ、多くの方を魅了したとか。 所要あって行けなかったのが残念です。


=福島県農業メルマガ第31号 「米について」=
今年の稲刈りも終わりました!

米について考えると、福島県の風評被害と、日本の農政の現状が見えてきます。
先日、郡山市内において「米のバイヤーとの商談会」があり私も参加してきました。
その席、いわき市の安島さんという米農家の方とお話しする機会がありました。


15の農家で「稲穂会」という会をつくりグループで米を出荷しており、安島さんは震災直前に脱サラし、米の専業農家として米づくりを始めました。 私の経験ですと、脱サラして農業に取り組んだ方は、特に栽培技術にこだわりがあり、安島さんも肥料や食味について熱く語られていました。

喜多方市山都の渡部よしのさんは、いつも「水田にいる カエル ドジョウ トンボ などの生き物の命を大切にしたい。 だから、農薬や化学肥料は使いたくない。 それがおいしい米づくりにもつながる」と話し、だんなさまと一緒にいつも手で田んぼの草取りを行っています。 私は、渡部よしのさんの写真を1枚持っています。 田んぼの草取りはつらい仕事であるはずなのに、満面の笑みを浮かべながら、高々と採った雑草をかかげている写真です。 この写真から、渡部さんの心のやさしさと自然を大切に思う気持ちが伝わってきます。

今日、本宮市の後藤ファームに行く機会もありました。 なにやら、白衣を着た研究者風の方がいたので、私が「あの方は?」と尋ねると、「30ヘクタール以上栽培しているので、地形によって地域によって米の食味も異なる。 なので、地域ごとの食味を調べている」とのことでした。 科学的にも米を極めようというその姿勢に感服しました。

当、二本松農園。 稲刈りが終わったのは2日前です。 今年は、稲刈りに1カ月以上かかりました。 当農園の周辺では高齢化が広がり、その方々が、次々と当農園に米の栽培を依頼してきます。 「先祖伝来の田んぼを荒らしたくない。 なんとか栽培してもらえないか」という依頼が多く、それを次々と受け入れているうちに、二本松農園の栽培する水田は、震災前2ha程度であったものが、今年は5ha近くになってしまいました。 自分が生まれ育った村ですので土地を荒らしたくはないです。 しかし、当農園の周辺は山あいが多く、デブ田と呼ばれる湿地水田が多くあります。 コンバインで刈り取りしても、機械自体が沈み込み、なかなか稲刈りが進みません。しかも、水田もコンバインがやっと入るような小さく不整形。 通常コンバインですと条件が良ければ30分ぐらいで稲刈りが終わるのですが、山あいのデブ田では1日もかかってしまうのです。 なので、稲刈りに1ケ月以上。一人で刈り取りをやっていてデブ田にコンバインがはまり込んだ時には泣きたくなってしまいます。 でも、デブ田で山間の水田からは、おいしい米ができるのです。

このように、米づくりには、その農家ごとの物語があるように思います。
自分のつくった米を、「おいしくない」という農家はまずいません。 米は八十八回、手間がかかると言われています。 それだけ思い入れもある作物なのです。
日本は瑞穂の国。 米は日本農業の基本と言えます。


しかし、今年、農協の米の買い入れ価格は30kgあたり5800円まで落ち込んでいます。 とても採算のとれるレベルではありません。 来年から減反奨励金も廃止の方向に向かうようです。 もともと、農家は減反に反対していたはずです。 それでも農政に従いやむなく減反を受け入れてきました。 ここにきてTPPの関係もあるのでしょうが、猫の目のように減反廃止。 あるニュースで農家の方が言っていました。 「ただ、米をつくりたいだけだ。 色々条件を変えて足をひっぱらないで欲しい」

震災後、福島県産農産物で依然として風評被害にさらされているのは「米」です。 郡山市で開催されたバイヤー商談会である大規模取引の米バイヤー(本社福岡)が言っていました。
「齊藤さん教えてあげるね。 私たちが福島県の米を買いたいと思っても、震災前、福島県から大量に米を出していた流通・・・それ自体が止まっている、止めている、んだよ」
全国の消費者が福島県産の米を買いたい食べたい、と思っても、流通自体が動かない、動かしていない、これを「風評被害」というのでしょうか。 福島県をめぐる問題の本質は、実はこの辺にあるように思えてなりません。
だから、農家と消費者が直接結びついていくしかない。 「顔の見える関係に風評被害はなし」
私がいつも言っている事です。


本日、いわき市の安島さんの米もネットショップ
http://www.nihonmatsu-farm.com/
にあげました。 これで、ネットショップで取り扱うお米は、安島さん、渡部さん、後藤さん、
阿多多羅有機倶楽部、二本松農園の5農家になりました。
このように、それぞれに、物語と背景があります。 ぜひ、全国の皆様、それぞれ食していただいて、日本の農業に想いを馳せていただければ幸いです。


2013年11月12日 
NPO法人がんばろう福島、農業者等の会
二本松農園 代表 齊藤登




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御前岩から菊花山へハイキング

画像山梨県大月市は秀麗富岳12景として中央本線沿いの扇山や百蔵山など12の山を選び、富士山展望の山としている。 今回歩いたのは12景には入ってないが、富士山展望が期待でき、猿橋駅(標高325m)から近くて、終わりは大月駅に下りて、駅から駅までバスやタクシーを使わない簡便なコース、しかもあまり人に知られていない!

上の写真は菊花山(標高644m)から見た眼下の中央高速と左:百蔵山、右:扇山(談合坂SA北側に見える山)

9月22日(日)晴れ ヤンハー会第133回の山歩き: 参加は10名(男性7名、女性3名)
以下デジブックにてご紹介します:







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