「しゅーきょーは必要か?!」について

しゅーきょーは必要か?!」について
「必要です」が私の意見です。でも自宅で熱心に手を合わせたり(神棚、仏壇もありません)、お経、聖書を読んでいるわけではありません。胃と腸にポリープが出来たとき、ガンが気になって闘病記を読み漁りました。終末ケアではキリスト教が助けになると思いました。死に対してキリスト教は実に前向きです。キリスト教のお葬式(お別れの会)に2度参列しました。やっぱり死への旅路が明るく感じました。チャペルでの結婚式にも何度か参列する機会がありました。日本の神道とは違うものがあります。若い人に人気があるのが理解できます。自由と個人主義が幅を利かせすぎたのかな、学校や家庭での教育、躾が壁にぶつかっているのではと思います。現代っ子は心の拠り所がみつからなくて、本当は説教とか、教えに飢えているのではないかなと思います。若い子の事件やオームに走ったのはそこに原因があるのではないか? しかし新宗教ブームとかで、若い人も仏教に興味を持ち始めたようです。3月に京都東寺で熱心に仏像について質問している若者のグループに出会いました。8月の木曽御岳では20代の人がたくさん参加している御岳講に出会いました。状況は変りつつあります。でも仏教、神道の先生方(僧、神主)の活動は不十分だし、スローかまたはナッシング(何もしてない)です。 マルティン ルターよ出て来い、宗教改革が必要だと叫びたい。 人間は生まれたときより確実に一日一日死に向かって歩いている(瀬戸内寂聴さん)。 初詣、お彼岸、お盆、葬式だけの神社仏閣ではいけないと思います。 コメントになりましたか?

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この記事へのコメント

おっしょ
2005年10月10日 15:41
トラックバック有難うございました。丁寧で詳細なご意見大変参考になりました。

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