新宿・山の手七福神

七福神巡りは、お正月だけのものではない。 ほかの季節にお参りしても誰も怒りはしない。けれど、寺社によってはお正月、それも7日まで、10日までとか、上旬だけ開帳していて、他の期間は、冷たくもお堂を閉じていて、拝観できないところが多い。
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季節外れに七福神巡りをする奇特な人間は私くらいであろうが、たまたま大久保富士を見に行ったら、去年歩いた新宿七福神のうち5寺社が近くにあったので、加齢と共に物忘れが激しい昨今、もういちど記憶とご利益をリニューアルするつもりで歩いた。 新宿・山の手七福神は昭和初期に有志によって設定されたというから、隅田川、浅草、上野、下谷七福神と比べると歴史は浅い。

地下鉄「新宿御苑駅」からスタートする。
1.太宗寺(新宿2丁目9、真言宗、布袋尊)
江戸六地蔵のある寺(ブログ06/2/18)で、ほかにも閻魔像、奪衣婆像、塩地蔵があるが、布袋さんはお堂の中で、ガラス越しに見ても暗くて見えなかった。 内藤新宿の「内藤氏」の菩提寺で、お墓がある。 閻魔堂は、ボタンを押すと1分間だけ電気がついて、お堂の中が格子戸越しにみえたので、写真を撮った。
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太宗寺の閻魔大王の横の奪衣婆(だつえば)。 閻魔様の裁きを受けた人の衣服を剥ぎ取るという。ガラス、金網越しに撮影。


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太宗寺の塩地蔵。 お参りして良くなったら、お礼参りに塩をかけて、今では顔もわからないほど、真っ白け。


今回は近くの靖国通りにある正受院(新宿新宿2丁目15)の「綿のお婆」を見に行った。 閻魔像はなくて、厚い綿の頭巾をかぶった奪衣婆像で、咳除けご利益があるとか。 咳きとめのお礼参りに綿を奉納したので、いつしか綿の頭巾が出来たようだ。 写真を撮ろうとしたが、ガラスが反射して無理だった。針塚があって、和服を縫う人の信仰をあつめている。

さらに北に進むと、西向天神があって、ここにお目当ての「大久保富士」があった。 別の機会に紹介する。

2.法善寺(新宿6丁目20、日蓮宗、寿老人)
浪花の「包丁一本、晒しに巻いて~♭♯~の、月の法善寺横丁」と同じ字。 西向き天神の丁度裏あたりに位置する。 庭にあるお堂は閉じられていて、寿老人は拝めなかったが、合掌。

3.厳島神社(余丁町8丁目5、弁財天)
源 義家が奥州討伐に向かう前、ここから富士山を仰ぎ、後三年の役のあと、お礼に建立したとの言い伝えのあるお宮。 南北に通り抜けられる大きなお宮で、お参りすると、苦難の道から抜けられるといわれ、別名「抜き弁天」。 今は交差点の小さなお宮。 私のあと、若い女性がお参りしていた。 宮島の厳島神社の分社。 江戸六弁天のひとつ。
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4.永福寺(新宿7丁目11、曹洞宗、福禄寿)
交差点に位置して、判りやすい抜き弁天から道をわたって反対側にある。 福禄寿はお堂の中に鎮座。
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永福寺入り口


去年4月の桜の季節にはここから、さらに若松町まで歩き、国際医療センター、統計局ビルを通って、若松公園の箱根山に登った。 なにしろ海抜44mの都内最高点だ。 展望を期待したが、まわりの樹木が高くて見えなかった。八重桜が綺麗だった。
今回は、逆方向に東新宿に向かった。 途中で変ったデザインのビルがあったので撮った。 素人の私には判らないが、有名建築家の設計かもしれない。 銀座8丁目の黒川紀章設計の中銀ビル(カプセルビル)や丹下健三の静岡新聞ビルを思い出した。 なにしろ、どんどん変っていく東京だ。 やがて消えいく運命かも知れない。 中銀ビルは取り壊しか、保存か論議されている。

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5.稲荷鬼王神社(歌舞伎町2丁目17、恵比須神)
夜は恐らくガラッと雰囲気がかわるであろう歌舞伎町の中に、木が鬱蒼と茂り、昼なお暗く、苔むした一画があって鬼王(きおう)神社がある。 鬼の王様ということで江戸時代から厄除けにご利益があると言われている。 去年の4月はサクラソウの鉢植えが並べられて印象的だった。
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稲荷鬼王神社 入り口


今回は区役所通りを歩いて、こんな歓楽飲食街に新宿区役所があるんだ、区の教育委員会もここかいと思いながら、新宿駅に向かった。 中村屋であつあつのカレーパンとピロシキをお土産に買った。
以上の5寺社は新宿御苑駅からおよそ2時間くらいで回れる。


以下2寺社は去年4月の訪問である。
6.経王寺(きょうおうじ、原町1-14、日蓮宗、大黒天)
地下鉄大江戸線「牛込柳町」駅の前だけれど、判りにくい。 ご住職が日常活動に熱心で、定期誌を発行されたり、集いを催されている。 神社仏閣はこうであって欲しいと思う。

7.善国寺(神楽坂5丁目30、日蓮宗、毘沙門天)

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神楽坂の坂のど真ん中にあって判りいい。 2000年のミレニアム記念(?)に早期退職した私は飯田橋にあるシニア職業訓練校に生徒として6ヶ月間通ったので、それまではトンと縁遠い街であった神楽坂を知る機会となった。 甘党の「紀の善」、辛党の「もん」あたりは、一元さんでも大丈夫だ。 三味の音が聞こえ、黒光りの高級車が吸い込まれる、石畳の路地裏にはもちろん縁遠かった。 江戸三大毘沙門天のひとつ。毘沙門天のお使いは虎で、ここの門前は狛犬でなく、狛虎が守っている。

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