羊蹄山 :青森・北海道への山旅(3)

今回の山旅の二つ目の登山は羊蹄山(標高1898m)だが、登り6時間、下り4時間の文字通り道中、一番歩行距離と累積標高差が長い。 これをこなせばあとは比較的、楽な山になる。 前半に訪れる最大の「ヤマ」だ。

蝦夷富士こと羊蹄山の美しさ!:
画像アイヌ語ではマッカリヌプリ(真狩の山の意味)で、日本書紀(659年)には後方羊蹄山(シリベシヤマ)と記されているので、深田久弥は羊蹄山と呼ぶのを嫌い、著書「日本百名山」では後方羊蹄山としている。 後方をシリヘ、シリベ、羊蹄をシと読むのだから日本語は難しい。

思い出されるのは関西に本社をおくK旅行社による平成11(1999)年9月の羊蹄山遭難事故で2名が凍死して添乗員と旅行会社が刑事上の罪に問われたこと。 関心があって調べてみたら、関西から往復夜行フェリー利用の5日間の旅で、山はニセコアンヌプリと羊蹄山の二つを登り、間に地上での唯一の宿泊がニセコだった。 参加者16名と添乗員1名。 ツアー料金は4万円台後半の驚く安さだ。

事故は9月25日に起こったから、今回の私の登山と同時期。 台風が通過後で、悪天候がなお予想されたが、ツアーは強行された。 登山前に賢明にも2名が断念し、14名と添乗員で登山を開始。 途中で3名が断念して下山。 5合目から8,9合目までに4名が遅れ勝ちとなり、頂上に立ったのは7名と添乗員の計8名。 この8名と遅れた4名がそろって無事に下山できれば良かったのだが、強風と濃霧状態でバラバラとなり、下山後に3名がいないことに気付いたという愚かさ! 翌朝救助隊が出て、外輪山で男性1名が無事な状態で発見されたが、女性2名が山頂付近で凍死体で発見された。 添乗員が禁固刑の実刑判決を受け、会社は遺族に和解金を払って終わった。

遭難事故を想起しながら、同じ比羅夫(倶知安)コースを登ったが、まったく事故のあとを示すものはなく、羊蹄山は凛として孤高だった。 余談だが先人の話では、北海道の山で山頂に祠をまつっているのは斜里岳と利尻岳の2山だけだという。 本州と北海道の山岳文化の違いを知った。

この事故を境に旅行業界に変化がおき、旅行会社の責任、参加者の責任がはっきりさせられ、登山ツアーのルール作りが実施された。

だが、しかし、ところが(強調の連呼です!)、登山ツアーのルールが出来たにもかかわらず、もっと大きな衝撃的な遭難事故が発生した。 平成21(2009)年7月16日の大雪山系トムラウシでの8名の遭難死だ。 

今回の山旅の締めくくりは八甲田山にするつもりで、新田次郎著の「八甲田山」を再読し、地図上で青森連隊と弘前連隊の雪中行軍のルートを見た。 明治35年1月青森連隊210人の参加者中、199人が凍死した大事故だ。
時代背景、時期、規模、目的が違うので比較はできないが、8名の遭難死は現代では信じられない大事故で衝撃さは匹敵すると思う。 ツアー客15名とガイド添乗員3名というお客から見れば一見「厚遇」の体制だったのに・・・・ 。


単独で登山するのは気楽であるが、リスクもある。 私も事故を起こさないよう注意すること、人に迷惑をかけないこと、無理をしないで危険ならすぐ下山すること、雨天の場合は登山の代わりにどこを回るかなどを心に描いた。

この記事へのコメント

きりん@携帯
2011年11月17日 08:46
ヤンハーさん、おはようございます。羊蹄山って、美しい山ですね~。あの事故は、この山で起こったのですか。もっと見た目も荒々しい山を想像していました。

ヤンハーさんはたくさん山にいらっしゃるので、ご無理はなさらないと思いますが、どうぞご安全に。
メグ
2011年11月17日 19:10
津軽富士、蝦夷富士と楽しめられたのですね。
良かった。。。

デジブックは無料開放となったのですね。
2011年11月17日 22:09
きりんさん、外見は美しいけど、怒らせると大変ってー感じです。9合目以上は禿山。独立峰で富士山同様に風が強い!高さは低いけど、高緯度にあるので本州の2500~3000m級
に匹敵します。
2011年11月17日 22:16
メグさん、北海道ではあと二つの○○富士と名のつく山に登りました。後日記載します。
デジブックは無料会員だと30日で公開が止ります。有料会員だと無期限に公開ですので有料会員になりました。

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